やっと観ました『トロッコ』

懸賞 2010年 08月 22日 懸賞

お江戸等でかかってから、こちらで観られるまでには、数ヶ月の遅れがあるんですよね。比較的なお江戸に近いのは大阪でしょうか??で・・・・やっと待ちに待った、映画『トロッコ』を鑑賞することができました。予備知識?はほんの少しでしたね。5月に早く観たいと叫んで・・今にいたる。まぁ~泣いた泣いた。って、何時も我って人と違うところで泣いてるか。今回はお隣のご夫婦も泣いてらしたので・・・一般の方と同じところでも泣いていたということで(^^ゞ

         




今回は監督さんもこられまして、鑑賞後に少しお話を聞くことができました。
「助監督をしつつ、いつか自分が監督として・・・という機会を狙っていたと。そして、自分の初めての作品は15分程度の短編でと考えていた。」と。
「ロケハンを日本全国回ってはみたものの、当時の(『トロッコ』の時代の日本)姿を残しているところはどこもなくて。たまたま、そんな話を有名なリー・ピンビンさんとたわいもない話の中でしていたら、『台湾には残っているよ』といってくださりそこから台湾へロケハンにいくことになり・・・」というお話を聞きました。
公式ブログのこちらにもお江戸で話されている、同じようなお話が出ています。
「ロケハンを通じて台湾の人達から様々な話を聞くうちにここで撮り、この人達の話も含めて・・・」と思うと長編が撮れると思われたようです。(文言とかとがうと思いますがお許しを)

そして、「台湾で撮ることになったら、ぜひとも台湾のカメラマンに撮ってもらいたいと思った。例えば、ハリウッドのスタッフが日本でロケをして日本を撮るとすると、一方からの目線でしか撮れない。本体に日本人がハリウッドでとってもそれは同じ事。台湾で撮るからには台湾の事を、文化も生活も含めて知っている人達、そうい人達をスタッフとして撮りたかった。」と。そんな事をいっていたら、監督の考えとかetcに賛同、理解してくださったホウ・シャオシェン監督が『お前のことは知らないけど、俺は昔、日本人の映画監督やスタッフにはとても世話になったから応援してやる。』といって自分のスタッフを協力させて下さったとのこと。


素人の凡人の我ですが・・・台湾で撮るにらば、台湾のスタッフでという気持ちがよくわかる気がしました。そのぶん、色々意見の出しあいから、撮影が止まる事もあったようです。

監督は、登場人物は いぱんの人をさのままとも考えていらっしゃったようですが、子ども二人の成長と変化を追っての映画を撮るのであれば、リー・ピンビン氏の撮り方と言うのを考えても、脇の出演者はしっかりした人達をつかい、脇を固める事で、子供達の変化が撮れるからという意見もいただいたりして、キャストにプロの方を出すことに決めたそうです。

これらの話を聞いていて、

もともとは15分短編を考えていた⇒たまたま話したことから台湾がロケ地候補に⇒行って聞いて見ると、台湾の人達から色々歴史を含めた話を聞いて「ここで撮らなければ」みたいな気持ちになった⇒ホウ・シャオシェン監督から協力がえられた+リー・ピンビンさんガカメラを握ってくれることになったetc.

の流れは、本当に なるべくしてなった 撮るべくして撮るようになった作品なんだなぁ~って感じました。

もともとの計画から、どんどんと流れができてうねっていって、そして長編として作品が生まれる。どこかの流れがなければ、それはこんな形でこういう作品にはならなかったって。話を聞きつつ我はそんな事を思いました。ものが出来上がる時って、こういうことってあるんだよねぇ~人の出会いも含めてって感じの気持ちになりましたね。

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今回我は何故か登場人物のなかで、子供達のおじいちゃんや林業を営む、村のおじいさんとかが日本語で話す部分でよく泣いていました(T^T) 我の場合勉強不足も凄すぎますが(汗)台湾の方達が戦争という流れの中で、自分達の言葉を取り上げられ、日本人としての教育を受けたかと思うと敗戦と共に・・・っていうのも。台湾語を話していたのに、「普通語(北京語)」で話さなければならなくなった時代とか・・・本当に歴史の中で様々な思いをされてきたのは少し・・・ほんの少しですが知っています。なので、その事などを感じて・・・なぜか泣けてきました。 子供達のおじいちゃんがえがいてくれている、知ってくれている「礼儀を重んじ、正しく生きる」そんな古きよき時代の日本人の良さが、今の我々にあるのだろうか? 近所づきあいにしても 家族の中でも 社会の中でも・・・なんて事もふと感じたりして。

「おじいちゃん ボクは 日本人? 台湾人?」
「ソレハ オオキクナッタラ ジブンデキメル」


ウルウルきましたねぇ~思い言葉です。昔々金城くんも言っていました。「自分はどちらなの?」みたいに思うことがあったと。 日本で映画などに出ると「台湾の・・・」と言われ大陸で仕事すると「日本の俳優」と言われ・・・みたいな。彼は、そんな会見の中から、自分なり答えを出されて今に至ると思いますが。そんな事もふと思い出したり・・・・。
今で言うハーフと、戦時中の台湾の方達とは、これまたおかれた状況が違いますものね。親子の繋がり、日本と台湾の繋がり、戦争の事、家族の事、命のことetc いろんなことを観た人それぞれが何か感じる作品だと思います。

上映後監督を交えた座談会が有ったのですが・・・・作品って言うよりも台湾での話をネホリハホリ聞いてしまいそうで(^^ゞ参加せずかえりました(笑)
南平車站 初めの方でにチラリ写りますよ♪この駅のまえにみえるところで3人が車を待つ。
太平山(台北ナビさん)
シネマトゥデイさん林田山 あたり? 池南森林遊楽区辺りっていってらっしゃったかな? はっきり覚えてなくてごめんm(__)m

ロケ地域でもある花蓮昨日深夜地震だったんだよ。被害が出てないといいですね。職場の先輩も只今台北。台北は揺れ少なかったと思いますが・・・。
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by j_lee_u | 2010-08-22 13:50 | 映画 | Comments(5)

Commented by くっきー at 2010-08-22 20:11 x
長い間ご無沙汰しています。今年の2月に母が他界しました。病気とあまりに繊細すぎる故のことでした。母のことの他にもいろいろありました。
Uさんから頂いたコメント返しもまだ出来ていません、ごめんなさい。
Uさんのblogは継続して読んでいます。いつも久しぶりにコメしようと思いら私自身も心情的に不安定でなかなかコメントすることが出来ませんでした。
Commented by j_lee_u at 2010-08-22 22:07
★くっきーさん・・・・好久不見。そうでしたか、色々あったんですね。時折覗いては「動いてないなぁ」とブログを拝見していました。日々 多忙なんだと思い、ご連絡はしなかったのですが。 謝るだなんて。こうやって姿を見せてくださり、辛かったであろうお話もしてくださりm(__)m よく、姿を見せてくださいました、有り難う。 本館はほったらかしで 別館ばかり動かしていたのに・・・ごめんなさいね。無理なくね・・・そして一人で抱えずにね。現実問題とか しなければならない事などなど、数々有るのかもしれませんが、 がんばらなくていいからね。 ゆっくり ゆっくりね。こんなところで良ければ、いつでも 来てね。長い文章書かなくても「おやすみぃ」でも 「疲れた」 でもいいからね。ぼちぼち ぼちぼち 日々をすごしてね。がんばらなくて いいからね。(無責任だと 言われるかもしれませんけれど) くっきーさんのことだから、きっと様々なことがんばっちゃってると思うんだ。だからあえて無責任かもしれませんけれどいいいました。
本当に姿見せてくれて有り難うo(〃^▽^〃)o
まだまだ暑いから、しっかり水分とってね。 いつでも まってるよぉぉ~力宏と一緒にね♪
Commented at 2010-08-23 08:01 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by くっきー at 2010-08-23 13:35 x
温かい言葉ありがとうございます(:_;)。またちょくちょく遊びにきますね。そうそう明後日から台湾に行ってきます。
Commented by j_lee_u2 at 2010-08-23 20:50
★くっきーさん・・・・うんうん きたいときに ぶらっと いつでも来てちょ。って・・・あわあわあわ また 別館しか動いてないかもしれませんが(爆)
おおおっ いってらっしゃぁぁぁ~い フェルモサへ♪

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